近代日本の歴史 第6講~米国とワシントン会議~192(集中講義⑥)

近代日本

こんにちは、けいタンです。

近代日本の歴史について説明します。

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今回取り上げるテーマは?

少し前から大学の集中講義のように連続して「近代日本の歴史」について解説しています。

参考した本は油井大三郎さんの「避けられた戦争」です。

第1講は話のプロローグとして、1920~1940年代の全体像を俯瞰的に眺めてみました。

第2,3講義は、ヴェルサイユ会議と日本について、第4講はヴェルサイユ条約の内容がいかに日本社会に影響を与えたのかについて、第5講は日米両軍による戦争計画について述べていきました。

そして第6講は米国における共和党政権の誕生とワシントン会議の提起について見ていくことにしましょう!

あなたに考えてもらいたいコト

この集中講義の最大の目的は「20世紀前半の世界の戦争について振り返るとともに、どうすれば戦争(対立・コントラスト)を避けることができるのか?」

…すなわち、戦争を避ける道はなかったのか(戦争以外の別の選択肢を取ることができなかったのか)?ということについて考えていきます。

今の現代社会でも、ウの国とロの国が対立しています。

そして同時に、近代日本の歴史を学習する最大の理由は、過去の出来事から新たな知見を手に入れ、現代社会で応用することだと考えます。

あなたも近代日本、近代世界の功罪についてや戦争を避けるために必要なことを私と一緒に考えていこう!

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米国における共和党政権の誕生とワシントン会議の提起

ワシントン会議の実際の様子

ヴェルサイユ条約否決の衝撃

そもそも米国の上院は1919年のヴェルサイユ条約の批准を否決しました。

そして、共和党のウォーレン・ハーディング大統領が1920年の大統領選挙に当選しました。当時の歴史では、このことを「正常への復帰」と呼んでいます。

ちなみに、共和党といえばドナルド・トランプ氏を思い出しますね。今はまだ民主党のバイデン氏が大統領として活動していますが、今度の秋にアメリカで中間選挙があります。日本にとってアメリカの関係は特に大きいものですから、歴史を勉強する者として、今後の中間選挙に注目は欠かせないですな!

では話をもとに戻していきます。当選した共和党のハーディング大統領は就任式の演説で、旧世界の問題への不関与・戦争防止のための国際協調の必要性・財政負担軽減のための軍備縮小・国際法の強化について言及したそうです。つまり、これらの内容は戦争防止のためのマニフェストだったのです。

戦争違法化運動の始まり

では次に、米国の戦争違法化運動について考えていきます。

まず1915年に「平和強制連盟」というものができ、会長は前大統領のタフトでした。日本史で登場してきた「桂・タフト協定」のあのタフトなのです。

平和強制連盟という名前の響きはあまり好きではないですが(だって平和を強制するって、それって「平和」なのか?と思ってしまう)、この機関は戦後に平和のための国際機関の創設を提唱し、民間レベルでの国際連盟協会の設立…つまり、国際連盟の意義を啓蒙する活動を行っていました。

また、侵略戦争を違法化する運動で有名な人物にジェームズ・ショットウェルが、1921年に発足された戦争違法化委員会では、サーモン・レヴィンソン(シカゴの弁護士)など多くの人物が活動して、「あらゆる戦争の違法化」をめざしていったのです。

議会では、戦争違法化を求める決議案が1923〜1927年の間に4回起こり、この中の1つに1928年のケロッグ・ブリアン協定(不戦条約)が含まれているのです。

ワシントン会議の提案

アメリカ国務長官であったチャールズ・ヒューズは極東…すなわち、日米関係の修復(山東問題で悪化した)や国際会議の必要性(海軍の軍縮、中国における門戸開放政策の国際的承認、日英同盟の解消を協議)などいろいろな問題を抱えていました。

そして、先ほど登場した共和党のハーディング大統領は国際会議開催(1921年の7~9月、米・日・英・仏・伊・中・ベルギー・オランダ・ポルトガル)の提案をしました。

これに対して日本の当時の首相原敬は、対米協議は重要だと考え、参加を主導しました。閣議については、「領土の相互尊重・門戸開放・機会均等など」の一般原則の討議には賛成でしたが、二国間に関わる既得権利の検討に関しては除外(反対)でした。

おそらく二国間に関わる既得権利の話になると、日本に不利な内容が入ってくると考えたのでしょう。

そして、日本の持つ中国山東半島の利権は将来的な返還であり、米国も入れた国際交渉を希望していました。利権やお金が絡むから外交は難しいのですね…勉強していくと分かることが出てきました。

日本のワシントン会議にむけた準備

先ほどの会議について、外務省はワシントン会議は「新外交」への政策転換とみる意見が台頭と考え、
門戸開放の方向への転換を始めました。

また、1921年の「根本方針」では、二重外交や軍人政治、軍閥外交をただすことが規定され、幣原喜重郎駐米大使はヒューズに対して「支那における独占権を主張する必要はない」と言っており、軍部や政治家は、日本の満蒙における特殊権益が否定されるのではないかと幣原の言動に反発したのです。

まとめ~ワシントン会議での戦争反対運動と利権が交錯する!

今回の内容はいかがだったでしょうか。

少しでもワシントン会議にむけた日本や米国の動きに関して知ることができれば大丈夫です!(まずは知ることから何事も始まる)

次回は、ワシントン会議での対立と合意について解説していきますので、お楽しみに!!

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それでは今日はここまでとします。最後まで見ていただきありがとうございました。

また別の投稿でお会いしましょう。けいタン
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参考文献:「避けられた戦争(油井大三郎)」

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