近代日本の歴史 第9講~ワシントン会議と日本社会の反応~195(集中講義⑨)

近代日本

こんにちは、けいタンです。

近代日本の歴史について説明します。

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今回取り上げるテーマは?

少し前から大学の集中講義のように連続して「近代日本の歴史」について解説しています。

参考した本は油井大三郎さんの「避けられた戦争」です。

第1講は話のプロローグとして、1920~1940年代の全体像を俯瞰的に眺めてみました。

第2,3講義は、ヴェルサイユ会議と日本について、第4講はヴェルサイユ条約の内容がいかに日本社会に影響を与えたのかについて、第5講は日米両軍による戦争計画について、

第6講は米国における共和党政権の誕生とワシントン会議の提起について、第7講はワシントン会議での対立と合意について、第8講は米国がなぜ「門戸開放」にこだわったのかについて触れていきました。

そして今回第9講では、ワシントン会議に対する日本社会の対応に関して考えていきましょう!

あなたに考えてもらいたいコト

この集中講義の最大の目的は「20世紀前半の世界の戦争について振り返るとともに、どうすれば戦争(対立・コントラスト)を避けることができるのか?」

…すなわち、戦争を避ける道はなかったのか(戦争以外の別の選択肢を取ることができなかったのか)?ということについて考えていきます。

今の現代社会でも、ウの国とロの国が対立しています。

そして同時に、近代日本の歴史を学習する最大の理由は、過去の出来事から新たな知見を手に入れ、現代社会で応用することだと考えます。

あなたも近代日本、近代世界の功罪についてや戦争を避けるために必要なことを私と一緒に考えていこう!

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ワシントン会議に対する日本社会の対応

米国記者団招待茶話会に参加する渋沢栄一(中央)

徳富蘇峰の反発

民族派の徳富蘇峰は1942年の「大東亜戦争の由来とその前途」で次のように回想している。

「華府(ワシントン) 会議は、遼東還付の三国干渉よりも大いなるところの侮辱を国民に与えた」…と。

すなわち、三国干渉による「遼東還付」とワシントン会議による「山東返還」(門戸開放)を同一視する歴史観で徳富蘇峰は捉えていたのです。

もっといえば、三国干渉による「遼東還付」は帝国主義的な利権狙いであり、「山東返還」は帝国主義を批判する民族自決時代の到来を告げるものだったといえるでしょうね。

大川周明の批判と幣原喜重郎の反論

大川周明という人物は1942年に『米英東亜侵略史』というタイトルでワシントン会議の内容を批判しています。海軍軍縮による、日本の軍事力の制限および中国の門戸開放の受容 は米国外交の勝利であり、この流れに対する抵抗が「大東亜戦争」であったと考えていました。

ちなみに海軍軍縮については、そもそも米英にとっては財政負担の軽減から必要であり、日本の世論も歓迎していたのですが、大川周明はこのことを無視(批判)していました。

つまり大川は、米国が提唱した「新外交」(門戸開放政策)は単なる米国の押し付けであり、「旧外交」(満州事変=軍事力で領土拡大を肯定)への固執が見られていたのです。そこには自民族中心的な発想が根付いていたのです。

一方で、協調外交・対中国不干渉で知られる幣原喜重郎にとってみれば、中国の門戸開放はある種、日本の経済力強化のチャンスであったと述べています。

ワシントン会議の合意についても高い評価をくだしており、石井・ランシング協定の破棄は中国市場の排他的な特権などはいらない、ということへの表れとも解釈できるような気がします。

渋沢栄一の軍縮賛成論

渋沢栄一はワシントン会議で日本側のオブザーバーとして出席しており、ニューヨーク商工会議所の定例晚餐会では、日本の実業界を代表し、海軍軍縮条約に賛成しました。

渋沢にとっては、海軍軍縮によって多額の節約ができ、この節約によって得られるべき資本や余力を平和と進歩のために用いられるべきと考えられていたのです。

ちなみに余談になりますが、現代社会で渋沢栄一は2024年から発行される新紙幣の一人ですね。確かに日本の実業家であり、日本経済の基礎を築いた人物で、有名な功績の1つに「日本初の銀行を開業する」ことがありましたね…。

私としては福沢諭吉のままでもいいのでは?と思う節があるのですが、やはり時代は変化していくのですね。歴史と同じように…

石橋湛山の小日本主義

『東京経済新報』というもの主筆していた石橋湛山は植民地放棄論を展開していました。社説としては1921年に「大日本主義の幻想」というもので、

植民地を所有することは、「費用>利益」…つまり得られる利益よりもかかる費用の方が大きくなり、費用を抑えるためにも植民地の放棄をすることが、日本が貿易立国として存続できる道であると評しました。

また別の社説「軍備の意義を論じて日米の関係に及ぶ」(これも1921年)では、「満蒙の特殊権益の放棄よりも中国全土で自由な経済活動(門戸開放)の方が利益が大きい」と考えました。(幣原喜重郎の考えとほぼ同じ)

つまり石橋湛山は、中国全土との貿易を重視し、それがかえって日本の利益につながると思ったのです。

まとめ~米国のみならず日本も旧外交と新外交の考えが交錯する!

今回の内容はいかがだったでしょうか。

少しでもワシントン会議に対する日本社会の対応に関して知ることができれば大丈夫です!(まずは知ることから何事も始まる)

次回は、日本における軍部権限抑制論の台頭について解説していきますので、お楽しみに!!

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それでは今日はここまでとします。最後まで見ていただきありがとうございました。

また別の投稿でお会いしましょう。けいタン
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参考文献:「避けられた戦争(油井大三郎)」

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